東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)76号 判決 1978年5月25日
原告 株式会社明輝電機製作所
被告 大森税務署長
訴訟代理人 比嘉毅 ほか二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和四九年一一月二八日付でした昭和四四年一二月分源泉徴収による所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は配電盤等の製作等を営む株式会社であるが、原告の元取締役であつた中村輝夫(以下「本件受給者」という。)に対し、昭和四四年二月二八日開催された定期株主総会の議決に基づき、同年一二月二八日、同人の取締役退任にともなう退職金六、〇〇〇、〇〇〇円を支給(以下「本件給付」という。)した。
2 被告は、右退職金を本件受給者に対する役員賞与であるとして、原告に対し、昭和四六年五月三一日付で、同四四年一二月分源泉徴収による所得税を二、一〇〇、〇〇〇円とする納税告知処分及び不納付加算税を二一〇、〇〇〇円とする賦課決定処分をした。その後、被告は昭和四九年一一月二八日付で右処分を取り消すとともに、同日付で原告に対し、同四四年一二月分源泉徴収による所得税を二、八九三、七一四円とする納税告知処分(以下「本件納税告知処分」という。)及び不納付加算税を二八九、二〇〇円とする賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
3 原告は本件納税告知処分及び本件賦課決定処分に対し、昭和五〇年一月二八日異議申立てをしたが、被告は同年四月二三日付で棄却の決定をし、原告はさらに同年五月二〇日国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、昭和五一年三月一五日頃、棄却の裁決を受けた。
4 原告は本件給付が役員賞与であるとの被告の認定は争わないが、しかし、被告のした本件納税告知処分及び本件賦課決定処分には左記の違法がある。
(一) 本件のように、原告が退職金として本件受給者に支払つたものを被告が役員賞与と認定する、いわゆる認定賞与の場合は、源泉徴収の対象にはならないものというべきであるから、源泉徴収の対象になることを前提にしてなした本件各処分は違法である。
(二) 受給者の本来の所得税納税義務が、更正の期間制限を経過してもはや課税庁により増額更正されえない時期に到達した場合は、課税庁は支払者に対し、増額更正すべきであつた所得税額について納税告知処分をなしえなくなるものというべきである。本件受給者は支払を受けた金員を退職所得として他の所得とともに、昭和四五年三月一五日確定申告をしており、本件受給者の昭和四四年分の所得についての更正期間は同四八年三月一五日に満了するから、同日の経過によつて、本件受給者の昭和四四年分所得税納税義務は申告通り、最終的に確定したものというべきであるから、同日以後になされた本件各処分は違法である。
よつて、原告は、本件納税告知処分及び本件賦課決定処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び主張
(認否)
請求原因1ないし3の各事実はいずれも認め、同4は争う。
(主張)
1 源泉徴収による国税の納税義務は国税通則法一五条二項二号に基づき、当該所得の支払の時に成立し、その納付すべき税額は同条三項二号に基づき、当該源泉徴収義務の成立と同時に特別の手続を要しないで確定するものである。当該所得の支払者は、このようにして自動的に確定した税額を、受給者に所得を支払う時に受給者から徴収して国に納付すべきこととなるのであるが、これを法定の納期限までに納付しないときは、税務署長はその支払者に対して同法三六条に基づき、当該納付すべき税額等を示して納税の告知を行い、これを徴収すべきものとされている。そして右納税告知処分は、税務署長が既に税額の確定した国税債権である当該源泉徴収にかかる所得税の額につき、納期限を指定して源泉徴収すべきものとされている所得の支払者に履行を請求する行為、すなわち徴収手続にすぎないものである。したがつて、受給者の納税義務の存否に影響を及ぼす性質のものではない。また、同法二条五号が支払者(徴収義務者)を納税者であるとし、源泉徴収による国税については、これを徴収して国に納付する義務を納税義務である(同法一五条一項)としているのは、源泉徴収による所得税は支払者を通じてのみ徴収され、受給者に源泉徴収もれの所得がある場合においても、確定申告を機会に受給者から徴収されるということがないことを前提としているのである。
2 右に述べたように、納税告知処分は確定した園税債権に対する徴収手続であるから、納税額確定の手続である更正処分に対する期間制限(国税通則法七〇条)に服すべき理由はない。すなわち、受給者の所得税納税義務が更正の期間制限により、更正処分をされえない時期に到達した場合であつても、源泉徴収による支払者の所得税「納税義務」は、既に当該所得の支払の時に確定しているのであるから、右税額の確定した国税債権について、納期限を指定して支払者にその履行を請求する納税の告知は国税の徴収権が時効により消滅するまではこれをなしうるものというべきである。
したがつて、原告の本件納税義務は支払の事実のあつた昭和四四年一二月二八日に成立、確定しているのであるから、同四九年一一月二八日になした本件各処分は適法なものというべきである。原告の主張は課税処分と徴収処分を混同するものであつて失当である。
3 原告は本件のような認定賞与の場合は、源泉徴収の対象とはならず、納税告知処分をすべきではない旨主張するが、本件においては原告から本件受給者への所得の支払の事実及びその時期について当事者間に争いがなく、右所得金額は課税標準として疑義を残す余地がないばかりか、税額算出の過程が一義的に明白であるから、原告の右主張は理由がない。
4 本件不納付加算税の賦課決定処分については、本件納税告知処分にかかる本税を前提とし、国税通則法一五条二項一六号、同法七〇条四項二号の期間内に賦課決定されたものであつて適法である。
三 被告の主張に対する原告の認否及び反論
(認否)
被告の主張1は認めるが、同2ないし4は争う。
(反論)
1 本件給付は以下のとおり、源泉徴収の対象とはならない。
(一) 所得税法一八三条の「その支払の際」とは「給与等の支払をする際」との意味であり、「支払」とは現実の給与等の支払及びこれと同視しうる給与等の放棄などによる給与債務の消滅を意味するのである。本件においては原告は退職金として支払つたものであつて、給与等として支払つたのではないから給与等の現実の支払は不存在であつたといえる。また、給与債権の放棄などの意思表示もなかつた。さらに、現実の賞与の支払がなくても賞与の支給の確定した日から一年を経過した日に支払があつたものとみなす規定は所得税法一八三条二項にあるが、当事者が退職金として支払、受領したものを課税庁が賞与であると認定した場合、退職金として支払つた時をもつて賞与として支払つたものとみなす旨の規定は存しない。
したがつて、本件においては「支払の際」との要件に該当する事実はない。
(二) 源泉徴収制度はその徴収対象となる所得の明確性と支払額ないし税額の算出の容易さがその前提となつており、支払の時に特別の手続なくして納税義務が成立し、かつ、確定するとしているのもこの前提をぬきにしては考えられない。したがつて、この前提がない場合、すなわち、支払い時において当該給付の性質決定の判断が相当困難であり微妙である場合は当該給付にかかる所得は源泉徴収の対象とならず、確定申告に対する更正処分で調整をはかるものというべきである。
本件において、原告は本件給付が役員賞与であることは争わないが、その判断過程は複雑かつ微妙なものであつたというべきであるから、源泉徴収の対象性の決定と支払額、税額算出の判断が、支払者にとつて一見して容易であつたとはいえず、したがつて、本件給付は源泉徴収の対象にはならず、本件各処分は違法なものというべきである。
2 受給者の本来の納税義務が、更正の期間制限を経過して課税庁により増額更正されえなくなつた場合は支払者に対し、納税告知処分をなしえない。
(一) 支払者の源泉徴収義務は受給者の源泉納税義務であり、両者は表裏一体のものである。しかし、受給者の納税義務は本来、暦年の所得税納税義務をおいて他にないのであるから、受給者の源泉納税義務の本来の所得税納税義務の源泉徴収制度における反映ともいうべきものであり、その暫定的部分的納税義務は、最終的には本来の納税義務の中に吸収されていくべきものである。
したがつて、受給者の本来の納税義務が更正の期間制限を経過して課税庁により増額更正されえなくなつた場合は、受給者の本来の納税義務の範囲拡大が不可能となつた以上、その暫定的部分的反映というべき支払者の徴収義務の範囲拡大(増額)も不可能になつたものというべきである。右暫定的部分的納税義務を吸収すべき本来の受給者の納税義務が存在しないのであるから右暫定的部分的納税義務(支払者の源泉徴収義務)も消滅するというべきである。
(二) 右のように解しないと、支払者が納税告知処分に従い納付し、受給者に対し納付税額を求償した場合、受給者から、本来の所得税納税義務が更正期間経過により、増額更正されえなくなつたとの理由でこれを拒絶されることになり、求償を拒絶された支払者は国に対し、納付税額の返還を請求せざるをえなくなる。しかしながら、このような三者の法律関係の処理を実定法は全く予定していない。したがつて、受給者の本来の納税義務が更正の期間制限を経過した場合は、課税庁は支払者に対し、納税告知処分をなしえなくなると解するのが正当である。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで本件納税告知処分及び本件賦課決定処分の適否について判断する。
本件給付が役員賞与の性質を有するものであることは原告の争わないところであるから、これが所得税法二八条一項所定の「給与等」に該当することはいうまでもないところ、所得税法一八三条一項によれば、同法二八条一項に規定する給与等について所得税を源泉徴収すべきこととされているのであるから、本件給付にかかる所得が源泉徴収の対象となり、支払者たる原告としては、右給付の際、所得税の源泉徴収をすべき義務を負うことは、右規定の文言上、明らかというべきである。
ところで原告は、本件においては、本件給付が退職所得又は役員賞与のいずれに当たるかの判断が困難であり、複雑、微妙であつて、このような場合、当該給付にかかる所得は源泉徴収の対象にはならないと主張する。
たしかに、源泉徴収にかかる所得税について、徴税、納税の能率、便宜をはかるため徴税手続を簡便にし、特別の手続を要することなく、その納付税額が確定するとされている現行の源泉徴収制度を前提とする限り、当該給付にかかる所得が源泉徴収の対象になるかどうか、また徴収、納付すべき税額がいくらであるかということが、当該給付の際に、法令の規定により一義的に明白であることが、この制度が円滑に機能する上で望ましいことはいうまでもないところ、所得税法一八三条一項、二八条一項によれば給与所得にかかる源泉徴収の対象となるべきものとして「俸給、給料、賃金、歳費、年金(過去の勤務に基づき使用者であつた者から支給されるものに限る。)、恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与」と定め、源泉徴収の対象となる給付の種類を明確にしており、本件給付が役員賞与に当たるものである以上、それが同条にいう賞与として源泉徴収の対象となるべきものであることは法令上明白であるし、また、その給付額も特定しているのであるから税額算出の過程も一義的に明白であるということができる。
原告は、本作給付が役員賞与又は退職金のいずれに当たるかの判断が困難であつたと主張するのであるが、役員に対する金銭の給付が退職金であるか、賞与であるかは、要するに当該役負が、役員たる職を退職したことに伴い当該給付を受けたものといえるかどうかに帰すべきものであるところ、本件についてこれをみるに、<証拠省略>によれば本件給付が役員賞与に該当するかそれとも退職所得であるかの判断は、本件受給者が、法人税法(昭和四五年法律第三七号による改正前のもの)二条一五号及び同法施行令(昭和四五年政令第一〇六号による改正前のもの)七条二号の規定により、法人税法上の役員に当たるかどうか、すなわち、「同族会社であることについての判定の基礎となつた株主等……であるものでその会社の経営に従事しているもの」に該当するかどうかの客観的な事実判断によつて決せられるべきものであつたと認められる。そうすると、その判断は支払者たる原告にとつて株主名簿の調査などによつて容易にこれをなしうるものというべきであるから、原告の主張はその前提において失当であり採用することができない。
さらに原告は、本件給付は退職金として支払つたものであり、賞与として支払つたものではないから、本件においては所得税法一八三条一項の給与等の支払とみるべき事実はなかつたと主張するが、右規定にいう給与等の支払とは、それが給与等に該当するものである以上、支払者がいかなる趣旨でこれを支払つたかというような支払者の主観的意思とはかかわりなく決せられるべき事柄であつて、本件においては、原告の支払つた本件給付が賞与であることは既にみたとおりであるから、右給付が所得税法一八三条一項にいう給与等の「支払」に当たることはいうまでもなくこの点に関する原告の右主張も失当というほかない。
三 次に、原告は、本件受給者の本来の納税義務については更正をなしうる期間を経過したため被告による増額更正をなしえなくなつたのであるから、この増額部分について、被告は支払者である原告に対し、納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分をなしえない旨主張する。
そこで検討するに、源泉徴収の対象となるべき所得の支払がなされるときは、支払者は、法令の定めるところに従つて所得税を徴収して国に納付する義務を負うのであるが、この支払者の納税義務は右所得の支払の時に成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものとされている(国税通則法一五条二号)。すなわち、源泉徴収による所得税については、申告納税方式による場合の納税者の税額の申告や、これを補正するための税務署長等の処分(更正、決定)、賦課課税方式による場合の税務署長等の処分(賦課決定)なくして、その税額が法令の定めるところに従つて当然に、いわば自動的に確定するものとされているのである。支払者は右の自動的に確定した税額の国税を、受給者に所得を支払う時に受給者から徴収して国に納付すべきであるが、法定納期限までにこれを納付しない場合は、税務署長は、支払者に対し納税の告知をしなければならないとされている(国税通則法三六条一項二号)。以上から明らかなように右納税の告知の法的性質は税額の確定した国税債権につき納期限を指定して納税義務者に履行を請求する行為、すなわち徴収処分というべきであつて、納税額確定の手続である更正についての期間の制限は徴収処分たる右納税の告知をなしうる期間を制限したものといえないことはもとより、前示のとおり支払者の源泉徴収にかかる所得税納税義務は既に当該所得の支払の時に確定しているものである以上、その履行の請求たる右納税の告知は国税通則法七二条により国税の徴収権が時効で消滅するまではこれをなしうるものと解するのが相当である。また、源泉徴収にかかる国税について支払者が納税義務(徴収、納付義務)を負担するとは、すなわち受給者において源泉納税義務を負うことにほかならず、両者は表裏をなす関係にあり、支払者の納税義務が支払と同時に成立、確定するのと同様に受給者の源泉納税義務もその時、成立、確定するものというべきであつて、右源泉納税義務は確定申告、更正等の手続(申告納税方式)によつて確定される所得税額とは別個に成立、確定すべき性質のものであるから、受給者の年税について更正期間が経過したとしても、既に成立、確定している受給者の源泉納税義務及び支払者の納税義務(徴収、納付義務)が、原告主張のように消滅する等の影響を受けるものとはいえないのである。
原告は、本件納税告知処分に従い源泉徴収による所得税を納付した原告が、本件受給者に対し右納付税額を求償した場合、受給者から既に更正期間が経過しているとの理由で求償を拒まれるのみならず、国に対しても還付を求めることができないという不当な結果になる旨主張するのであるが、受給者は前述のとおり、既に成立、確定した源泉納税義務を負つており、また右源泉納税義務は更正期間の経過によつて消滅する等の影響を受けるものではないから、受給者の年税についての更正期間経過後であつても支払者は納税義務に基づき納付した正当な税額を受給者に対し求償できるものというべきである。したがつて、原告の主張はその前提を欠き採用することができない。
したがつて、本件においては、原告が本件受給者に対し、本件給付をなしたのは昭和四四年一二月二八日であり(当事者間に争いがない。)、この時に原告の納税義務が成立、確定したのであるから、その法定納期限(同四五年一月一〇日)から五年以内の同四九年一一月二八日になした本件納税告知処分はもとより適法であり、また、同日付でなされた本件不納付加算税賦課決定処分も、その納税義務の成立の日である右法定納期限の経過の時から五年以内(国税通則法七〇条四項)に賦課決定されたものである以上、適法なものというべきである。
四 以上の次第で、本件納税告知処分及び本件不納付加算税賦課決定処分にはいずれも原告主張のような違法はない。
よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山下薫 佐藤久夫 高橋利文)